「ぼくは痴漢じゃない! 冤罪事件643日の記録」鈴木健夫 新潮文庫

ぼくは痴漢じゃない!―冤罪事件643日の記録 (新潮文庫)
会社員、鈴木健夫はある朝の通勤電車で女性に突然「触ったでしょ!」と腕を掴まれる。
潔白を証明するつもりで駅の事務室からパトカーに乗せられ警察署へ…。その後の
とんでもない理不尽な体験を描くノンフィクション。第一部が鈴木健夫氏本人による
手記で、まず警察があの手この手で犯人に仕立てようとするのが恐ろしい。調書は不利に
なるよう書き偽の逮捕状は見せつける、拘束期間はずるずると引き伸ばされ厳しい尋問が
自白に追詰めようとする。釈放されたものの職を失い2年の歳月と二度の裁判(一審は有罪)
を得てようやく無罪を勝ち取るのだが、誰が責任を取るわけでもないし、失った
社会的地位や収入に何一つ補償すらなく(!)保釈金や裁判費用、生活費にあてた借金の
返済が続くことになる。大変つらい状況なのに鈴木氏が前向きな気持を失わないのが救いで
留置場で一緒になった犯罪者と不思議な友情が生まれたり失業中、娘の授業参観に出て
充実感を味わったり等素朴なユーモアのある文章から人柄がよく出ていると思う。第二部は
鈴木氏の担当弁護士の解説をまとめたもの。これが知らなかった、で済まなくなるような
ことなのに知らないことだらけ。女性に腕を捕まれ事務室に行く時点で「逮捕」されたこと
になり後は流れ作業のように「有罪」として処理されてしまうんだと。しかも無罪判決は
「夢のようにフェアな裁判所に当たった」ということで「運がよかった」のが大きい
らしい。さてこの本、先月文庫化されたのだが事件から6年、鈴木氏は今どうして
いるのか?新たに付された「文庫版あとがき」はなんとも不思議な「落ち」がついたようで
…狐につままれたような気分になるのである。