「無音潜航」池上 司 角川書店

無音潜航
三月公開予定の映画「ローレライ」が待ち遠しい。福井晴敏の原作「終戦のローレライ」が
素晴らしい作品だったし映画の公式サイトの予告編を観て期待は高まる一方だが公開までは
まだ一ヶ月あるので同様の緊迫感溢れる潜水艦の戦いを描いた作品を読みたい。そう思って
選んだのが「無音潜航」でこれは期待に応えてくれる作品だった。核廃棄物を使用した
爆弾テロで航空管制センターが破壊され極東情勢は一気に緊張状態に陥る。場面がテンポ
良く切り替わり、あっという間に舞台作りをしてしまった後は中国より帰国中、突如攻撃を
受けた海上自衛隊潜水艦「さちしお」の中国海軍による包囲網との孤独な戦いが全編に
繰り広げられる。細部がリアルで密度が濃い上に相手の動きを読み裏を掻こうとする
駆け引きも充分に迫力がある。しかしこの作品最大の魅力は「さちしお」と中国原潜
「四〇五」との対決で藤井勲と許栄茂、日中の潜水艦艦長の意地と誇りが激突する部分に
ある。これはまさしく一騎打ちの物語で男と男の決闘の小説だ。冒頭のテロや国際情勢の
事が投げっぱなしになったままラストを迎えても満足感を得られるのは国家を超えた
「潜水艦乗り」のドラマの方に焦点があるからだと思う。軍事サスペンスの要素が強い
作品だが全編を支えているのは明らかに血湧き肉踊る冒険小説の面白さである。